妊娠中絶で割れるアメリカ/ローマ法王がiPS細胞を絶賛した理由

5月13日発行の高校生用英語ニュース教材で「妊娠中絶で割れるアメリカ」について書きました。
生徒さん達にどのように授業するか、考えていた時、3年前に書いたブログを発見したので、
加筆修正して、ここにも載せます。

(2019年11月のブログ記事より)

先日、この本を読みました。

『人間の未来 AIの未来』山中伸弥・羽生善治
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iPS細胞でノーベル賞を受賞した山中教授と、国民栄誉賞を受賞した棋士の羽生さんの対談。
本書187ページより引用します。

羽生:iPS細胞にローマ法王がコメントを出しました。
 「難病治療につながる技術を、受精卵を壊さずに行えるようになって素晴らしい」と。
 日本人の感覚では、ちょっとピンとこないというか驚きました。

山中:ES細胞研究については、当時のブッシュ大統領が拒否権を発動して、
 使用に反対していました。

羽生:欧米では、科学の背後に宗教があるようです。  

旧約聖書には、神様が子宮の中の、まだ生まれていない赤ちゃんも、
神聖なものとして大切に考えられていると、はっきり書かれています。

★詩編139:13
それはあなたが私の内臓を造り、母の胎のうちで私を組み立てられたからです。

★詩編139:16
あなたの目は胎児の私を見られ、あなたの書物に全てが書き記されました。
私のために作られた日々が、しかも、その一日もないうちに。

★Psalm 139:13
For you created my inmost being; you knit me together in my mother’s womb.

★Psalm 139:16
Your eyes saw my unformed body; all the days ordained for me were written in your book
before one of them came to be.

そのため、伝統的なキリスト教徒(特に福音派のプロテスタント信者や、カトリック信者)の間で、
人工中絶は犯罪行為とされてきました。
堕胎手術は「人殺し」と同罪なのです。(同じ理由で彼らの間では「安楽死」も罪とされます)

iPS細胞が作られる前は、ES細胞が期待されていましたが、
「受精卵を壊して取り出した胚盤胞から作るので、倫理的な問題を抱えていた」とのこと。
受精卵を壊さずに治療を可能にしたiPS細胞を、カトリックのトップのローマ法王が喜んだのは、
そういう理由なのですね。

この本を読み、私は高校時代の倫理の授業を思い出しました。
私は倫理の授業が大好きでした。先生が素晴らしい人でした。
「この授業に出会うため、私はこの学校に入った」と今でも思っています。

先生は、20代後半の男性で、ありとあらゆる宗教や哲学、面白い心理学の実験を
分かりやすく教えてくれました。
倫理の授業で、よく討論やディベートをさせられました。テーマは

  ●死刑制度の是非

  ●「できちゃった結婚」は良いか悪いか

  ●高校で宗教の授業は必要か

そして

  ●人工中絶は法律で許可すべきか?

も。



討論前、先生は視聴覚室で、堕胎手術を追ったドキュメンタリー動画を見せてくれました。
「映像を見て気分が悪くなったら、出て行っていいですよ」
と彼が気遣いながら見せてくれた映像は興味深い内容で、気分が悪くなって退出した生徒は
一人もいなかったと思います。


映像鑑賞後、グループ(4人)で話し合いましたが

●死んだ赤ちゃんの映像を見て、ショックだった

●“胎児の頃から人の命は神聖”という聖書の主張がよく分かった

●でも犯罪に巻き込まれて、レイプされた女性が中絶を希望したり、学生で子供ができて、
 経済的に産んで育てられないと分かっている場合、中絶を希望するのは仕方ない

●中絶を法律で禁じるなら、若い女性が何かの事故で子供を産んでしまった場合の
 養子システムを作るべき


…など様々な意見が出ました。結局、国の法律をどうすべきか、話し合いはまとまりませんでした。

授業の最後に、先生が話してくれたことを、私は今でも覚えています。


「今日は納得がいくまで話し合いができましたか?これから僕自身の意見を話します。
僕はある時まで、中絶手術を選ぶのは、女性の権利だと考えてきました。
働く女性がどんどん増えているので、出産より仕事に集中したい女性も、たくさんいるでしょう。
女性の人権は守られるべきだと思っていました。
世間や国の法律が中絶を取り締まるのは、おかしいと思っていました。

でも、ある時から考え方が変わりました。それは、皆さんに今日お見せしたビデオです。


僕は、死んで冷たくなった赤ちゃんの映像を見て、ショックでした。
「命を奪うのはいけない。生まれてくる子供達に、罪はない」と思ったんです。

僕はカトリック信者です。
今の僕の意見は、多くのカトリック信者と同じで「中絶はできるだけ避けるべき」です。


でも、世の中には中絶禁止法に反対する人達もたくさんいます。
彼らの意見も、僕にはよく理解できます。
だって最近まで、僕だって中絶に賛成だったんですから!


大切なのは、自分の意見を持つこと。
だけど、自分と違う意見を持つ人を、頭ごなしに否定するのはダメです。
たくさん勉強して、自分の頭で考えれば、両方の主張が理解できるでしょう。

今日、中絶について皆さんに考えてもらいました。結論が出た人も、出なかった人もいたでしょう。
大切なのは、学んで、考え続けることです。
たくさん本を読んで、友達や家族と話して、勉強して、
自分の意見をどんどん変えていっていいんです。
僕だって自分の意見が変わりましたから。


今日の授業で、僕から「正しい答え」は言いません。
「正しい答え」は、皆さんが自分で考えて下さい。
今日の授業が終わって、この高校を卒業しても、考えること、勉強することを、続けて下さい」


…このようなお話でした。
今でもこの話は心に残っており、20代の若さで生徒にこの話ができる先生を、改めて尊敬しています。

(ちなみに、この先生はイケメンでしたが、
生徒の誰一人として、彼の外見について言及しませんでした。
なぜなら彼の授業はすごく面白かったので、彼の顔なんてどうでも良く、
彼の授業の内容や、博識なのに謙虚で、生徒を大事にする人柄のことしか、
生徒の間で話題にならなかったのです。
表面しか取り上げないマスメディアと違って、生徒達は本質を見ていました)


高校を卒業した今も、中絶を法で取り締まるべきかどうか、私自身、答えは出ていません。
皆さんはいかがでしょうか?
山中伸弥教授と羽生善治さんの対談を読んで、聖書や倫理の授業のことなど、
いろんなことを考えたので、シェアしました。

今日もお読みいただき、ありがとうございました。